その1:クラブ創設〜1970年

1964年(昭和39年)
10月 大阪府池田市の秦自動車工作所内にて車好きの有志が集まり自動車クラブを結成
オムニバスカークラブ オブ カンサイ(Omnibus Car Club of Kansai):OCCKと名付けられる

1965年(昭和40年)
◆1965年(昭和40年)当時のサーキット図面(JAFスポーツ年鑑1971年度版から)

 1965年当時の3つのサーキット(鈴鹿サーキット、富士(FISCO)スピードウェイ、船橋サーキット)図面を紹介させていただきます。(各図をクリックすると拡大図を表示します(ファイルサイズが大きいのでご注意ください))


鈴鹿サーキット

富士スピード・ウェイ

船橋サーキット

 まだ鈴鹿サーキット[上図上左]のデグナーカーブが80Rの単独コーナーだったり、シケイン(カシオトライアングル)が無かったりするほか、良く見ると現130Rが150Rであったりと細かい部分が随分現在と異なっています。
 富士(サーキット図にはFISCOと表記)スピードウェイ[上図上右]の"あの"30度バンクも健在です。

 資料によると、当時の船橋ヘルスセンター(千葉県船橋市)内にあった船橋サーキット[上図下]は1967年(昭和42年)に閉鎖され、その後はオートレース専用になったとあります。
 同サーキットのこけら落しにはあの浮谷東次郎選手のトヨタS800も出場した全日本自動車クラブ選手権レース大会が行われています。 鈴鹿や富士に比べると距離が短くとてもタイトなテクニカルコースであったようですが、首都圏に大変近く、どこからもコース全体が見渡せたサーキットだったそうです。 残念です。

1966年(昭和41年)
4月 JAF(日本自動車連盟)の加盟クラブに登録。
第1回大阪ハイスピードジムカーナ開催(正確な日程不明)
【開催場所】八尾中央自動車教習所(JAF公認 制限付き競技)

◆JAFの加盟クラブに登録した当時の自動車クラブの状況

JAFスポーツ年鑑1966年版(63年〜65年の各データ集)によると当時の全国の登録クラブは

公認クラブ 2クラブ
日本オートクラブ(NAC) 昭和37年7月設立
関西スポーツカークラブ(KSCC) 昭和39年1月設立

加盟クラブ 39クラブ
関東地区 32クラブ
群馬県 1クラブ
静岡県 1クラブ
岐阜県 1クラブ
愛知県 1クラブ 名古屋レーシングクラブ(NRC) 昭和39年11月設立
大阪府 2クラブ 大阪トヨペット同好会(大阪TDK) 昭和32年4月設立
日本ポルシェクラブ 関西支部(PCJ関西) 昭和37年10月設立
広島県 1クラブ
             
同年鑑の1967年版(66年度のデータ)では

公認クラブ 8クラブ
近畿地区 1クラブ 関西スポーツカークラブ(KSCC)
加盟クラブ 47クラブ
近畿地区 5クラブ 大阪トヨペット同好会(大阪TDK)
日本ポルシェクラブ 関西支部(PCJ関西)
阪神オートスポーツクラブ(HASC) 昭和40年4月設立
オートコンペティションクラブ オブ カンサイ(ACCK) 昭和40年1 2月設立
オムニバスカークラブ オブ カンサイ(OCCK) 昭和41年4月設立
準加盟クラブ 9クラブ
近畿地区 2クラブ 大阪レーシングカークラブ(ORCC)(※) 昭和40年8月設立
宝塚レーシングチーム(TRT) 昭和41年4月設立

 これを見るとOCCKは近畿で5番目の加盟クラブと言うことになるようです。
 既に消滅したクラブも多数あり、よくまぁ今まで生き残ったものだと思います。

 ※ORCCは現在のORCCとは別のクラブのようです

1967年(昭和42年)
◆ジムカーナ(OCCK開催分)
開催日 開催イベント 開催場所
03/19 第2回大阪ハイスピードジムカーナ(JAF公認 制限付き競技) 新守口自動車教習所
06/18 OCCKハイスピードジムカーナ(クローズド) 八尾中央自動車教習所
08/06 第3回大阪ハイスピードジムカーナ(JAF公認 制限付き競技) 新守口自動車教習所

◆第2回大阪ハイスピードジムカーナのクラスと主な車種、参加台数
クラス 主な車種 台数
ジュニアクラス(500CC以下) スバル360、ホンダN360、コルト500など 6台
TT(ツーリングカー)クラス(500〜1300CC) カローラ1100、ホンダS600など 25台
TU(ツーリングカー)クラス(1300〜2000CC) ベレット1600、プリンス2000など 33台
ST(スポーツカー)クラス(500〜1300CC) ホンダS800、トヨタS800など 16台
SU(スポーツカー)クラス(1300〜2000CC) フェアレディ1600、2000、ベレット1600GT、スカイライン2000GTなど 19台

◆第3回大阪ハイスピードジムカーナのクラスと主な車種、参加台数

クラス 主な車種 台数
ジュニアクラス(500CC以下)   10台
TT(ツーリングカー)クラス(500〜1300CC)   27台
TU(ツーリングカー)クラス(1300〜2000CC)   53台
ST(スポーツカー)クラス(500〜1300CC) ファミリアクーペなど 27台
SU(スポーツカー)クラス(1300〜2000CC)   21台

1968年(昭和43年)
◆レース
 '68関西クラブ連合ジュニアレース
(JAF公認、制限付き競技) 鈴鹿サーキット西コース
  開催日 主催クラブ
第1戦 04/14 PCJ関西(ポルシェクラブ関西)
第2戦 07/07 OCCK (オムニバスカークラブ オブ カンサイ)
第3戦 10/20 ACCK (オートコンペティションクラブ オブ カンサイ)
第4戦 12/08 HASC (阪神オートスポーツクラブ゙)

◆ジムカーナ(OCCK開催分)
開催日 開催イベント 開催場所 台数
04/07 第1回OCCK、OSCCハイスピードジムカーナ 摂津市 阪急自動車教習所 177台
08/04 第4回大阪ハイスピードジムカーナ  びわ湖スピードランド  
10/06 第5回大阪ハイスピードジムカーナ       びわ湖スピードランド 252台


'68関西クラブ連合ジュニアレース
【参加車両】
 カローラ1100、ホンダS600、ベレット1600GT、スカイライン2000GT(S54B)、フェアレディー2000、コロナ1600GT、ブルーバードSSS、ロータスエランなど。

1968年 関西クラブ連合ジュニアレースのプレートとステッカー(OCCK事務局に現存してるもの)


 この当時、鈴鹿サーキット西コースはなんとヘアピン付近にスタートラインがありました。
 当時を知る人の話では、

 「ピットはヘヤピン立ちあがってすぐのアウト側(直線になると同時くらいの所)に入り口があり、(ピット)出口は次の右コーナーにかかる手前(右側に作業用の退避部分がありますがその手前ぐらい)だったように記憶しています。
  ピットアウトするとすぐ右側に退避通路と燃料補給設備がありました。」


 とのことです。 
 ヘアピンに隊列を作って並ぶ光景というのは、一度生で見てみたい気がします。

1969年(昭和44年)
◆レース
 '69関西クラブ連合ジュニアレース
(JAF公認、制限付き競技) 鈴鹿サーキット西コース
  開催日 主催クラブ
第1戦 02/23 OCCK (オムニバスカークラブ オブ カンサイ)
第2戦 04/27 ACCK
第3戦 05/18 HASC
第4戦 07/09 ART(芦屋レーシングチーム)
第5戦 08/?? 不明(正確な開催日と主催クラブ不明)
第6戦 09/28 MCH
第7戦 10/26 ORCC
第8戦 111/30 GGG−RT (トリプルGレーシングチーム)

◆ジムカーナ(OCCK開催分)
開催日 開催イベント 開催場所 台数
01/19 第6回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド  
03/02 第7回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド 184台
05/11 第8回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド 135台
07/20 第9回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド 158台
09/07 第10回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド 144台
11/02 第11回大阪ハイスピードジムカーナ(地方格式) びわ湖スピードランド 118台

◆’69年関西クラブ連合ジュニアレース最終戦の写真
(当時の自動車雑誌から)
↑スタートシーン
[左] T-1クラスのローリングスタート。 先頭のロータスヨーロッパは先導車
[右上] T-2クラスのスタート。 先導車がピットインし、日章旗の振動表示でレース開始
[右下] Sクラス(どうやらS-1,S-2混走だった様子)ローリングスタート。 先頭のクラウンは先導車


 この頃の先導車は関係者の自家用車を使っていたそうです。
 先導車の「箱乗り」といい、コース脇のガードレール上でのスタートフラッグ振動表示といい、現在のレースシーンでは多分許されない状況が写ってて時代を感じます。
 1968年の項で「ヘアピンスタート」の話がありますが、[右上]の写真がそのシーンですね。 スタートフラッグの位置はヘアピンを抜けてすぐ辺りのように見えます。([左]の写真にピットロードが写っていないので、ピット入り口はかなりヘアピンに近かったようです)

 余談ですが、先導車の「箱乗り」は、その後当局からの中止要請があってから止めたとか。(笑)

↑T1,T2クラスの車両
 [上左端]のカローラは姫路CPシリーズでもお世話になった橋本省吾選手です。(この年のチャンピオン)
 記録を見ると、この日のレースでも勝っておられます。
↑Sクラスのスタート直後のクラッシュ現場写真

 当日は天気に祟られ、Sクラスのスタート直後には多重クラッシュがあったと記録がありました。
 かなり荒れ模様なレースだったようです。

◆1969年(昭和44年)当時のサーキット図面(JAFスポーツ年鑑1971年度版から)

 1969年当時の2つのサーキット(びわ湖スピードランドと筑波サーキット)図面を紹介させていただきます。(各図をクリックすると拡大図を表示します(ファイルサイズが大きいのでご注意ください))

びわ湖スピードランド

筑波サーキット

 OCCK主催のジムカーナでも1968年から登場するびわ湖スピードランド[上図左]も現在はもうありません。
 資料によると、このサーキットは琵琶湖大橋の東側たもと(現在の滋賀県守山市)にありました。 最初はジムカーナ専用のサーキットだったとのこと。 (実はこのコースの建設にはOCCKが関わっております。)
 びわ湖スピードランドに関しては、何れかの機会にもっと詳しく調べたいと思っております。

1970年(昭和45年)※万博の年です
◆レース
 '70関西クラブ連合ジュニアレース
(JAF公認、制限付き競技) 鈴鹿サーキット西コース
  開催日 主催クラブ
第1戦 03/21 OSCC
第2戦 05/10 MCH
第3戦 07/19 チーム淀(淀R)
第4戦 08/02 RTN(レーシングチーム西川)、ARC(熱田レーシングクラブ)
第5戦 09/06 HASC
第6戦 11/15 ART

◆ジムカーナ(OCCK開催分)
開催日 開催イベント 開催場所
04/19 第12回大阪ハイスピードジムカーナ(準国内) びわ湖スピードランド
08/02 ダンロップ杯争奪 グランドジムカーナNo.3(第3戦)(全6戦)(制限付き) びわ湖スピードランド
10/04 第13回大阪ハイスピードジムカーナ(準国内) びわ湖スピードランド

◆1970年は上記の他に、以下のイベントの開催記録がありました
レース】
 9月19〜20  鈴鹿シルバーカップレース(主催:ホンダランド)
【ジムカーナ】
 2月1日  MCHハイスピードジムカーナチャンピオンシリーズ No1  びわ湖スピードランド
 2月22日 MCHハイスピードジムカーナチャンピオンシリーズ No2  びわ湖スピードランド
 3月22日 MCHハイスピードジムカーナチャンピオンシリーズ No3  びわ湖スピードランド


OCCKのクラブ員の成績
 レース第1戦 岡本万太郎(OCCK) SUクラス2位 フェアレディー2000
 レース第2戦 岡本万太郎(OCCK) SUクラス3位 フェアレディー2000
e-mail: info@occk.net
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